ERB評論集 Criticsisms for ERB


野田宏一郎「話題を呼ぶスペース・オペラの決定版
E・R・バローズの〈金星シリーズ〉について」

創元推理コーナー SF特集号3より

Jun.1967


 バローズのファンの間で、ひろく使われる数数の言葉の一つに〈Burroughs Legend バローズ伝説〉というものがある。1875年にシカゴで生まれ1912年「火星シリーズ」を世に送ったのをきっかけとして、数々の作品を計109編書き、1950年3月に死んだエドガー・ライス・バローズとは異なるもうひとりのバローズ、つまりは、
 カーター大尉のことを思い出すとき、大尉がわたくしの父の家で……中略……あれは南北戦争が勃発する直前のことで、当時わたくしはまだほんの五歳の子どもだった。
「火星のプリンセス」小西宏の訳による
だとか、
 私が彼に遭遇したのは、あの広大なサハラ砂漠の……中略……私は北方からライオン狩りにやって来たところで……
「地底世界で」佐藤高子の訳による
 などといった形で、主として彼の作品の冒頭の部分に“私”としてあらわれてくるバローズのことである。こっちのほうのバローズの生涯(!)を〈バローズ伝説〉という。
 南北戦争が始まる直前に5歳だったと第1作に書いているのだから、“もうひとりのバローズ”は1855年に生まれたことになる。そして1886年にカーター大尉の遺産を相続、遺言によって1987年までは、その手記を読むことを禁じられ、1907年になって初めて公表を許され……いっぽう、1898年にはリッチモンドにてカーター大尉と再会……1910年、イギリス植民省の役人と会ったとき、彼からアフリカであるイギリス貴族の身の上に起きた驚くべき物語を聞き、というふうに、バローズの作品にあらわれる“もうひとりのバローズ”の足跡は114歳、つまり1969年まで追うことができ、きらにそれより十数年後、自分の死期の近づいたことをしんみりと口にするところで消息は絶える。これが“現実のバローズ”が死去直前に記したものなのである。
 この“もうひとりのバローズ”の跡をたどるだけでも許されたページは尽きてしまうが、あくせくと本をひっくり返してまとめあげた“彼”の年譜に目を通しながら、私がしみじみと感じたのは、そこにくっきりと浮かびあがってくる人間像のいかにも逞ましく、波乱に富んだ姿であった。そして、その“彼”の関与したさまざまな架空世界に展開する冒険物語の数々に思いをはせるとき、私は“現実のバローズ”の持つイマジネーションの振幅の大きさに、あらためて目を見張らずにはいられないのである。
 〈火星シリーズ〉が世に認められた1912年その月の10月には早くも〈ターザン〉の第1作が爆発的な反響を呼んでいる。そして1年おいた1914年には地底世界もの〈ペルーシダー・シリーズ〉の第1作といったふうに続々と精力的に書きつづけ、1916、1917年にはほとんど月1冊の割で前記各シリーズのうち、のどれかを発表している。しかも驚き入るのはどの作品をとりあげてみてもごく一部の例外はあるが――それが絶対に退屈しないこと、それぞれオリジナリティーに富んだ第一級の作品ばかりだという事実である。
 かりに、邦訳されたものだけをとりあげてみても、それが嘘でないことが了解していただけるだろう。作品の好き嫌いは別として、どのシリーズをとりあげてみても、決してマンネリズムを感じさせることがない。読者サービスもここまで徹底することは生やさしいことではない。波瀾万丈、程よいグロテシスム、ハラハラさせて、それでいて大変健康な(いってみれば単純な)モラルが全編を一貫している。美しい裸女と獰猛な怪物が入り乱れながら、きわどい強姦シーンなどは一つも出てこない。どこかの国の週刊紙など足許にも及びつかない。これがまた、アメリカの読者層にバローズの作品がひろく受け入れられる大きな原因の一つとなっているといえる。
 アフリカの奥地、絶海の孤島、地底、etcとその舞台は地球の各地にわたっているが、いうまでもなく〈火星シリーズ〉を初めとして、他天体を舞台にした作品も少なくない。ご存知! ジョン・カーターは、後年ちょっと木星に足をのばしたこともあるが、1925年には月を舞台にした〈Moon Maid〉のシリーズがある。物語は1969年から25世紀にまでわたり、月世界だけではなく、インディアンに征服されたアメリカの奪還などに、ひとりの男が何度も生まれ代わっては活躍するというものである。
 1932年に、彼は金星を舞台にした〈カースン・ネーピア〉シリーズを世に送った。これが〈火星シリーズ〉と並ぶ有名な〈金星シリーズ〉である。作品そのものの数はそれほど多くはないが、怪奇と幻想の星金星で、BEM(宇宙怪物)を相手に縦横無尽の奮戦をする快男子力ースン・ネーピア!
  1. 金星の海賊
  2. 金星の死者の国
  3. 金星のカースン・ネーピア
  4. 金星の火の女神
  5. 金星の魔法使
である。なお最後の 5. は1941年暮れにハワイのホノルルで執筆中、日本海軍の空襲を受け、そのゴタゴタで未完のままである。原題および製作年代は「火星の交換頭脳」の解説に書した。
 さて、ジョン・カーターはテレポテーションによって火星に行ったのだが〈金星シリーズ〉の主人公力ースン・ネーピアはちゃんと60トンもある魚雷型宇宙船で出発するのである。ただし、彼の金星での大冒険を“もうひとりのバローズ”に伝えるのには、ジョン・カーターもどきのテレポテーションや、テレパシーが使われている。ところでカースン・ネーピアは最初火星へと向かったのであるが、ほんのちょっとした計算ミスからコースを狂わせてしまい、ついに火星どころか金星へと向かう破目になってしまうのである。このあたりは如何にも大時代な話がよく書き込まれており、当節、ケープケネディにおける Vintage SF の醍醐味を充分に満喫することができる。
 彼は、宇宙船があわや金星に衝突というところでパラシュートによって脱出を試み、金星全体を包み込んでいる密雲を衝いて、無事、着地に成功。金星の気候はいうまでもなく高温多湿、そのため樹木の類は凄まじいほどの生長を示しており、その巨木をくりぬいて作った家屋で集落ができている。金星人は肌がちょっと黒いだけで姿はほぼ地球人と同じだが、他にコーモリのような翼をつけた鳥天狗のような鳥人をはじめ、あらゆる怪物が美男美女と入り乱れている。カースン・ネーピアは、領土争いと階級闘争のために樹上に追いあげられた種族の中に住み、彼らの風俗習慣を学ぶが、ある日、暴漢に襲われた美女を偶然救出したのがきっかけとなって、その女性の恋のとりことなり……というわけで、領土争いが原因で誘拐された彼女を追って、ついに手製の飛行機まで活用して救出にこれつとめ、成功したと思えばまた、変な種族や怪物の横槍が入りといった具合で……あとは〈火星シリーズ〉に続く武部本一郎画伯の描くカバーと口絵と挿絵とで楽しめると思う。
 とにかく、一読に価するシリーズであることには間違いない。

 しかし、バローズの数ある作品のうちでも、舞台の設定のユニークなことにかけては、〈ペルーシダー・シリーズ〉の右に出るものはないといってよいのではないだろうか。このシリーズは地底といっても地球の中心部が空洞になっていて、この地殻の裏側――へんな表現だが――の凹面にある世界の物語なのである。この巨大な空洞の中心には太陽が輝いており、凹面には山あり海あり……。
 主人公デイビッド・イネスは父親の遺産を相続した鉱山主だが、古くからこの鉱山に働いている老鉱山技師アブナー・ペリーの発明した地底探鉱車の実用化に経済的な援助をおしまず、ようやく完成したこの探鉱車で地底を試運転中に、突然制御不能になり、もはや死ぬのみとあきらめたとき、忽然として地上に出る。ところが、後で分かったことは、そこは地上どころか地底の世界というわけ。さて、そこは球面の内部だから海岸に出てみると水平線の彼方は徐々にせりあがって、かすんでしまっており、高い山や島なども途方もなく高い位置にその頂をのぞかせている……。“ペルーシダー”この地底世界にはこれまた、人間そっくりのやつや、猿人、あるいはゴリラに似たもの、知能の発達した爬虫類(こやつは地底世界の地下に住んでいる)などが社会を形成しており、例のごとくありとあらゆる、きわめてユニークな怪物――主として地表世界の古生物に似たやつが、うようよしているという始末。
 このシリーズは、全7巻である。
 地球の内部にある原始の国、秘境ペルーシダー! デイビッド・イネスとターザンの大活躍!
  1. 地底世界で
  2. ペルーシダー
  3. ペルーシダーのタナー
  4. 地底世界のターザン
  5. 石器時代の国
  6. 恐怖の国(短編集)
  7. 青銅時代の男
 これらの作品については、「火星の交換頭脳」の巻末の解説でふれてある。
 さて、このペルーシダーを牛耳っているのは知的な爬虫類で、これがまた古代ローマを思わせるおどろおどろしい社会を作っており、ゴリラ共がその下で酷使され、人間は彼らに捕まったが最後、その奴隷や食料として利用されるといった存在に過ぎない。そこで、この世界に迷い込んだデイビッド・イネスは人間の主権回復に大活躍するというのがテーマである。そのために地上から様々な文明の利器が持ち込まれる。特殊な無線機を使って地表と連絡をとるといった手段が用いられる。後は美装、口絵、挿絵入りの創元推理文庫にゆずる……。
 とはいっても、この面白さ書かずにはおれない。これは余談だが、この特殊無線機の開発者グリドリーの名をとって、バローズファンの会誌は“グリドリー・ウェーブ”という題である。
 第4作になると、御存知! ターザンのさっそうたる登場である。これもまた楽しみの一幕……。
 まして、この世界の太陽は空洞の中心に浮いている。だから昼ばかりで夜がない。どこへ行っても太陽は常に頭上に静止し、輝き続けている。だから時間というものの観念がない。喜びも苦しみも、それが一瞬なのか一年なのかさだかでない。そんな世界の中で主人公デイビッド・イネスは美女ダイアンと避遁し、恋におちいる。ダイアンの運命を追って……というのが全編に色彩りをそえ、読者をして魅了してやまぬ仕儀である。

 板子一枚下はなんとやら、宇宙開発はぐんぐん進みこそすれ、われわれの足許はいったいどんなことになっているのやら、さっぱり分からない。モホール計画とて、わずか地下数十キロの探索に過ぎない。あとはまったくの謎といってもよい。地球が実は中空の球体で内部にもう一つの太陽があって、地底世界がひらけている――という〈ペルーシダー・シリーズ〉を初めて知ったときは、そのユニークなアイデアにまったく目を見はったものである。
 ところがいろいろと調べてみると、その発想はバローズのオリジナルではなく、その沿源は17世紀にまでさかのぼれることが分かった。たとえばハレー彗星で有名なエドマンド・ハレーは1692年にこの説を発表しており、磁針方位の微妙な変動はこの地底世界(彼は二重の球体だとしている)の自転のくいちがいによって起こるものだという説を立てて、大いに歓迎されたという。数学者として有名なオイラーも同じような説を唱えている。
 フィクションのほうでも、デンマークの喜劇作家、歴史家として有名なルドウィヒ・ホルベルクが1742年に書いた〈Niels Klims Under Jerdise Rejse〉という小説はこの地底の空洞世界を舞台にしたものである。
 クリミウスという名の主人公が洞窟の中で足を踏み外し、地底の宇宙空間に飛び出してしまい、地底太陽をめぐる惑星の入間衛星となってしまうが、三日目に飛んで来た鳥につかまって惑星へ着陸する。この惑星での風俗習慣は地上とまったく逆で男性は家庭を守り、金持ちは馬鹿にされ、頭の良いやつは知能が低いとされ、病人は投獄され悪人は病院に入れられ……。彼はその鳥の背に乗ってこの世界の天頂、つまり地球の裏の凹面へと運ばれ、ここに巣食う猿の社会へ入り込み地上で知恵を働かせて王様におさまり返る――という皮肉な話である。
 1818年になると、アメリカの政治家J・C・シムズは、地球は五層からなる球体であって、両極の方向には大きな穴がこの五層を貫通しているという説を唱え、大掛りな北極探検を行なうべしという趣意書を各界に配布している。もちろんあまり途方もない話なので誰も相手にしなかったらしい。ただロシア皇帝だけがこの説に興味を示したという。当時まだシベリアについては何も分かっていないこととて無理からぬ話である。そもそも、そのころロシア領だったアラスカとシベリアの間にはベーリング海峡があると分かっていたくらいであるから、北極がどうなっているのか皆目見当はつかなかったのである。だから、ひょっとしてシムズのいうとおり、そのあたりに大穴があるとすれば、その内部まで全部ロシアの領土になりかねない……。欲望は無限である。シムズはロシア皇帝の協力申し入れに欣喜雀躍したが、惜しいことにそれから2年後、病死してしまった。
 生前彼は(彼だといわれているのだが)「シムゾニア」という、シムスの理論をもとにした作品を書いており、バローズはこれを読んだのがきっかけで〈ペルーシダーもの〉を世に送ったものだといわれている。〈ペルーシダー・シリーズ〉の第4作で、ターザンがその大穴から地底世界へとはいって行くのもなるほどとうなづける。
 このシムズの説をもとにして書かれた地底世界ものは、他にもいくつかあるし、とくにポーの“ゴードン・ピム”“びんの中の手紙”はシムス説との相関についてよく言われることだが、それらについては、また機会をあらためて書くことにしよう。

comment

『金星の海賊』初版に添付された「創元推理コーナー」からの転載。〈Burroughs Legend〉なんかいいですね。年表を見てみたい。といっても入手は困難だろうから、自分で作ってみようかな? 邦訳のあるものだけでも執筆年代と照らし合わせながら組み上げていけばできそうな気がする。
 さてこの文章、本来は〈金星シリーズ〉の解説を、ということで依頼されたはずだと思うのだが、なぜか〈地底世界シリーズ〉の紹介の方が長い。シムス説など、野田氏自身の発見話というか、苦労もあって多く書きたい気持ちも分からなくはないのだが(氏が解説を書いている〈地底世界シリーズ〉では繰り返し書かれているネタで、もう耳たこ状態)、この時点で〈地底世界シリーズ〉は2巻目の『危機のペルシダー』まで早川書房より刊行されており(さすがにこの文章中では原題直訳の仮題をつけているが)、書いた野田氏も野田氏なら、掲載した東京創元社の編集部も太っ腹なものだと思う。
 東京創元社からも(こちらは武部画伯の美麗イラスト付で)刊行の予定はあったのだろうが、ビジュアル文庫としては早川書房も企画的には創元推理文庫のコピーともいえるハヤカワ文庫創刊を控えており、その目玉の一つが〈地底世界シリーズ〉の全巻刊行、それも冒険ファンタジー画の分野では武部画伯に次ぐ人気を誇る柳柊二画となると関係は複雑になってくる。ましてやバローズの死後発見された完結編を付した『ペルシダーに還る』は独占翻訳権を早川書房が取得。東京創元社は臍をかんだに相違ない。

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