ERB作品感想文集


『類猿人ターザン』

ハヤカワ文庫特別版SF『類猿人ターザン』


byスズシロ2号

イギリス植民省の命により妻アリスと共にアフリカへ赴くジョン・クレイトン。
その途中、乗り込んだ船で船員の反乱が起こり、命を奪われる事はなかったものの未開の陸地へ置き去りにされてしまう。
二人は家を作りジャングルでの生活を始める。やがて子供が生まれた。
だが、類人猿の襲撃を受け、そのショックからアリスは精神に異常をきたし一年後死去。
類人猿たちは更に集団でクレイトンを襲撃し殺してしまう。
残された赤ん坊は、しかし、子供を亡くしたばかりの類人猿カラの手により、育てられる事になる。
赤ん坊はターザンと名付けられた。
ここで類人猿たちは非文明の象徴として描かれている。一方で白人ターザンは文明の落とし子なのだ。
この物語は、非文明の中に文明を閉じ込めたらどうなるかという壮大なる実験である。
冒険物として楽しく読めるのであるが、文明とは何かという問いかけもなされている。
ターザンの中に、我々は文明の正体をを見出す事が出来るのではないだろうか。
初めは他の類人猿たちとの姿の相違に嫌悪感を覚えるターザンではあるが、成長するにつれ、類人猿では思いもつかない知恵をつけてゆく。輪縄の作り方を覚え、ナイフを発見し、父親が残した本から文字というものの存在を知る。この過程には一種の感動すら覚えてくる。
人間が人間たらんとするものが何かを我々はターザンを通じて感じ取れるのだ。
ターザンは文字を覚え、野生動物を倒す力と知恵を身につける。
より成長した彼は、初めて自分以外の人間と出会う。現地人の黒人蛮族である。
野生の世界を知り尽くしたターザンが、彼よりは文明的な世界と遭遇する。この展開はさすがに上手い。人間の成長段階を見せ付けられている感覚になるからだ。
黒人クロンガの毒矢によって、「母親」カラは殺されてしまう。
ターザンは弓の仕掛けに興味を覚えながらも、クロンガを殺しカラの仇をうつ。
ここで、本来なら仕留めた獲物の肉は食べるのであるが、体は自然とクロンガを食べる事を拒否する。
本能的に共食いを避けた形ではあるが、人間の本能に共食いをしない機能があるかは分からない。
ともかくもターザンは文明を体現する存在であるのだから、ここで人肉を食べる真似はさせなかったのだろう。
ターザンはやがて類人猿の頂点に立つ。
しかし「ターザンは類人猿ではないのだ」と人間宣言をして類人猿の部族から去ってゆく。
非文明への決別宣言といってもいいだろう。だが、ここではまだ彼は非文明寄りの存在である。
自分と同じ肌の白人との出会いが彼の文明度を高めてゆく事になる。
船員の反乱により、未開の地へ降り立ったジェーン、同じクレイトン家のいわばターザンの親類であるウィリアム・クレイトンたち一行。
彼らが遭遇するジャングルでの危険を、ターザンは影ながら救ってやる。
ジェーンは思慕の念をターザンへ抱くようになる。
やがてジェーン一行を助けに来たフランス兵たちの一人から、ターザンは言葉を教えてもらい、ついには話せるようになる。
ターザンは非文明と文明の両方を象徴する存在となっているのだ。
ジェーンを追って、フランスでジョン・クレイトンが残した日記に付着していた指紋と自分のものとを調べてもらってから、アメリカへ到着するターザン。
しかし、文明そのものにターザンは染まらない。「ぼくは、心の中はまだ野獣なんだ」という一文にそれが良く表れている。
ターザンに惹かれるジェーンも、果たして彼と一緒にやっていけるのか迷ってしまう。
文明はターザンにとって退屈なものとなり、ジェーンにとっては野性の生活などというものは耐えられるものではないだろう。
ジェーンへ結婚してくれるかいと尋ねるターザン。苦悩するジェーン。
そこへパリからの電報。
ターザンがクレイトン家の人間である事を証明する文面。
だが、ターザンはその電報を公言する事はしなかった。
自分が本来持つべきである称号、財産、そしてジェーンを、ウィリアム・クレイトンから奪う真似は出来なかったのだ。
作者は、このラストの決断を描く事により、文明とは快適な生活や知識などではなく心のあり方であると訴えているのだ。
すなわち、猿人ターザンこそ、本物の文明人であると。

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