ハヤカワ文庫特別版SF『ターザンと蟻人間』
byスズシロ2号
「ターザンと狂人」という、現在なら多少、刺激的な題名ながら、「狂人」とはターザンを名乗る謎の人物の事。
アメリカのビール会社の社長令嬢サンドラ・ピカロール一行は、アフリカを訪れた時、噂では聞いていた「ターザン」に出会う。
しかし、その「ターザン」は何故かサンドラを誘拐。
令嬢を取り戻そうと、父ティモシ―や彼女に惚れているダットン、賞金につられた密猟者クランプとミンスキィたちはサンドラ奪回に息巻くのだった。
そこへ、本家のターザンが巻き込まれていくのだが・・・・・
主人公のニセモノが現れるというのは、活劇作品では王道といえるでしょう。
要するに、偽のターザンは自分を、本当にターザンと思い込んでいる人物で、そこから「狂人」という訳なのでしょうが、いささかニセモノとしての魅力は欠けるかな?という印象です。
悪く言えば本家の劣化コピー的なのです。
サンドラを誘拐したのも、アレンテーゾという国で「神」として国王に利用され ている彼が、その事を気に入らない高僧の「女神のいない神は無用の長物」という批判をかわすため。
サンドラを女神にしようとしたという理由なのです(「少年ケニヤ」でヒロインのケイトが女神として扱われるエピソードを思い出させますね)、どうも主体性がなくて、感情移入が出来ません。
やはりどこかで本家と違う優れた部分があったら面白いと思うのですが。
あるいは如何にも狂人的な部分を描くとか。
物語にしても、ターザンが密猟者へ撃たれたり、部族同士の戦争があったり、と色々起伏はあるのですが、中心となる物語が存在しないように見えるため、焦点がぼやけたイメージを思わせます。
本家ターザンはニセモノを殺す事を目的とします。
アメリカ人のダットンは、もちろん令嬢を取り戻す事が目的ですが、猿人に殺されてしまいます。
密猟者二人は賞金が目的で、途中から金脈の事を聞きつけ、金を持ち帰ろうとするのですが悲惨な最期を遂げます。
サンドラは、それなりに魅力のあるキャラクターですが、特に活躍する場面はなく、物語に彩りを添える程度の役割でしょうか。
要するに、各キャラクターの動く意義が弱く感じられてしまうのです。
あとは、偽ターザンの正体探しを読者は期待するのですが、それもアフリカに関係する大きな秘密がある訳ではありません。
どうも、バロウズはプロットの組み立てをせずに、その場その場を盛り上げる事を考えた、週刊連載漫画的な手法で書いたのではないでしょうか。
それでも、まとめてしまう辺りが凄い作家である証明なのでしょう。
何だか悪くいってばかりなのですが、私は題材そのものは好きです。
ただ、広げすぎたのではないでしょうか。
私程度のアイディアでは、バロウズに勝てるはずもないのですが、それでも私が 書くとしたら、やはり偽ターザンを少し悪いキャラに描いて本家ターザンと対決させるでしょう。
これは、時代劇的発想かもしれませんが、それでもクライマックスは間違いなく盛り上がる。
舞台もアレンテーゾ国だけを中心にするでしょう。
この国の様子を幻想的に描写し、偽ターザンは何故この国で神として存在しているのかをミステリー仕立てにしていく。
サンドラが本格的に女神として振舞うようになれば、いう事はないです。
あまりにも、この作品は、あちこちに舞台が移りすぎて、ついていけない読者もいたのではないでしょうか(というより、私が一読しただけでは分からなかったのですが)。
評価はそれぞれでしょうが、私としては冗長な作品かなあ、と感じます。
だけれど、題材は良いはずなんです。
調理の方法が、少し間違えたのかも・・・・・・
ターザン自体は、やはり面白いので、まあ、シリーズの中では、こんなのも有りかなあ、と許せてはしまうのですが。