ERB評論集 Criticsisms for ERB


厚木淳「地底世界のオデッセイ」

創元推理文庫恐怖の世界ペルシダー解説より

Mar.1977


 火星のジョン・カーター、金星のカースン・ネーピアと並ぶ、われらのヒーロー、ディヴィッド・イネスひさびさの再登場である。イネスは地底世界シリーズでは1、2巻で主人公を務め、ベルシダーの覇者マハール族を駆逐してめでたく(美貌のダイアン)と結ばれたが、そのあとは選手交替の形をとり、3巻ではディヴィッドの股肱ともいうべきサリ族の王ガークの息子タナー、4巻ではターザンとカリフォルニアの無電技師ジェイスン・グリドリー、そして第5巻ではドイツ空軍中尉フォン・ホルストという工合に異色の快男子がつぎつぎに登場してこのシリーズに多彩な変化を添えてくれた。本巻におけるイネスの再登場は、いうなれば真打ち登場といったところか。
 ERBが本書を執筆したのは1938年の10月から1939年の4月へかけてで、珍しいことに雑誌連載は行なわれず、1944年、書きおろしの形で単行本として刊行された。当時は第二次大戦の末期だから、作者バローズは戦時特派員として西南太平洋方面に従軍していた頃で、目本の読者としては一抹の感慨を禁じえない時期である。
 さて本書の構成は第2巻と同じく、第二の故郷サリを求めてあてどない旅を続けるディヴィッド・イネスが、その過程で数々の冒険に遭遇し、それを切り抜けるという形をとっている。これは基本的にはホーマーのオデッセイ・パターンである。ギリシアの英雄オデッセイはトロイア戦争の終結後、海上で遭難し、妻の待つ故郷に帰るまでに十年という長い歳月を苦難と放浪の旅にすごすのだが、冒険譚の構成としては、一つの古典的様式が、ホーマーによってギリシア時代に完成したといえる。これは、バローズのみならず、異星を舞台に多くのSF作家が好んでとりあげるパターンの一つであることに気づかれる読者も多いことと思う。それにしてもオデッセイの放浪の旅は三千年前の地上世界であったのに引きかえ、イネスの旅は百万年前の旧石器時代である。しかも東西南北の方位のない、永遠に真昼の世界であることに思いを至せば、イネスの苦労はオデッセイにまさること、数倍、いや数十倍であったろう。
 オデッセイ・パターンのついでにもう一つ、本書――というより、大半のERBの作品に見られる特色を指摘すると、それは西部小説(ウェスタン)の影響である。その一、個人的な対決の場合、主人公は常に孤独な旅烏のガン・マンである。頼るべきものは、自己の戦闘能カしかない。正義漢で、女にもてるが、実に潔癖である。その二、集団的な戦闘の場合、騎兵隊とアパッチ・インディアンの戦法を踏襲する場合が多い。バローズが育った19世紀未のシカゴには、まだフロンティア・タウンとしてのたたずまいが濃厚に残っていたというから、これも当然のことかもしれない。バローズを始めとするアメリカのSF作家には意外と西部小説(ウェスタン)の影響が見られるのである。

注:この文章は厚木淳氏の許諾を得て転載しているものです。


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