「文藝春秋デラックス 宇宙SF(スペース・オペラ)の時代」収録記事
Feb.1978
「火星シリーズ」の本邦初訳は、また日本に於けるスペース・オペラの初紹介でもあった。そして、そのために考え出した新機軸が、従来の文庫の常識を破り、表紙絵、口絵、それに挿絵をつけて大人の絵本に仕立てるというプランだった。
なるほどバロースの原書には口絵はついている。しかし作者がごひいきにしたA・セント・ジョンの口絵などは古色蒼然、いうなればサイレント時代のハリウッド映画のひと駒を見るような趣で、とうてい日本の読者の好みに含うとは思えない。そこで白羽の矢を立てたのが(といっては失礼に当たるが)武部画伯だった。
構図はほとんどこちらが指定したものだが、武部先生は最初から原作の雰囲気を実に的確に把握されていたように思う。刊行と同時にその反響は大きいどころか、実にけたたましいものがあった。そして読者からの手紙は武部イラストに対する讃辞一色にぬりつぶされている観があった。
海外の反響は野田宏一郎さんから教えてもらった。野田さんが創元推理文庫版の「火星シリーズ」をアメリカのSF研究家たちに送ったところ、バロース研究の大家H・H・ヘインズは武部イラストを絶讃して、A・セント・ジョン、ロイ・クレンケル、F・フラゼッタ等々、バローズ作品を手がけた本国の画家たちにまさること格段という手紙をよこしたそうだし、またC・カサドジュは、なんとしてでも創元版「火星」の表紙の原画を一枚、出版社からチョロマカシテコイと野田さんに厳命をくだしたとか。武部イラストの華麗なファンタジーがアメリカ本国のマニアたちまで魅了したとは、編集者でもあり訳者でもあるわたしにとって、これはまことに痛快な話であった。