ERB評論集 Criticsisms for ERB


野田昌宏「軍人にあこがれたバローズ」

鶴書房SFベストセラーズ火星の合成人間解説より

Jul.1975


火星の合成人間 この『火星の合成人間』という小説は、これだけで独立した作品ではなく、一般に〈火星シリーズ〉と呼ばれている全11巻からなるシリーズの、第9作目にあたります。もともとが地球生まれであるアメリカ人のジョン・カーターが、なぜ火星へやってきたのか、そのくわしいことについては、この〈SFベストセラーズ〉の第2巻『火星のまぼろし兵団』のあとがきに、くわしく書いておきましたから、それを読んでください。

 さて、この〈火星シリーズ〉の作者であるエドガー・ライス・バローズは、また、あの有名な〈ターザン〉の作者としても知られ、冒険小説や冒険SF小説の作家としては、世界でもっとも有名なうちのひとりではないでしょうか。こんにちSF界で活躍している作家のなかでも“子どものころにバローズの作品を読んで、あまりのおもしろさに夜も寝られなかった”とか、“火星シリーズを読んで、よし、ぼくもSF作家になろう―と決心した”などといっている人は、少なくありません。
 バローズは、〈ターザン〉や〈火星シリーズ〉のほかにも、〈金星シリーズ〉〈ペルシダー(地底)シリーズ〉〈月シリーズ〉その他があり、どれひとつをとっても壮烈な冒険物語で、読み出したがさいご、おわりまで読まずにはいられないおもしろさです。

 ジョン・カーター、ターザンはもちろん、〈金星シリーズ〉の主人公カースン・ネイピア、〈地底シリーズ〉のダヴィッド・イネスなど、みんな実に男らしく、たくましい青年ばかりです。バローズは、これらの作品の中で、「男というものは、こんなふうに生きてほしいものだ」と書いているように思えるのですが、それについては、バローズという人のおいたちを知る必要があります。

 エドガー・ライス・バローズは、いまからちょうど百年前、1875年9月1日に、アメリカのシカゴに生まれました。南北戦争に出陣した父親の血をひいたせいでしょうか、かれは小さいときから軍人になるのが夢で、ウェスト・ポイントにあるアメリカ陸軍士官学校の入学試験も受けましたが、これには落ちてしまい、それでもとにかく軍人になりたい――というわけで、両親にないしょで南米のニカラグアと支那(いまの中国)の陸軍に手紙を出し、ぼくをやとってほしいと申しこみました。
 支那の陸軍からは、ていねいな断り状がきましたが、まだ少年だということにも気がつかなかったのか、ニカラグア陸軍からは、正式に入隊させる――という書類が送られてきたのです。はりきったエドガーは、さっそく荷づくりをはじめたのですが、そこを両親にみつかってしまい、いまから南米のニカラグアにいって陸軍に入隊するんだ――というかれの言葉に、両親はびっくぎょうてん、あわてて断りの手紙を出したといわれます。
 しかし、エドガー少年はあきらめきれません。
 かれはやはりとしをごまかして、西部劇によく出てくる、アメリカ陸軍の第7騎兵隊にうまくもぐりこむことに成功したのです。そしてアリゾナ州のグラント砦へ送られました。かれはそこで、勇猛なアパッチ・インディアンとの一戦をたのしみにしていたのに、やらされるのは、ざんごう掘りと見張りぱかり、それでも一年間がまんしたところで、ついにとしをごまかしていたのがバレ、第7騎兵隊を追い出されてしまいます。
『火星のまぼろし兵団』のあとがきに書いであるように、この〈火星シリーズ〉の発端が、アリゾナの山中で、アパッチ・インディアンに追われる……というのは、かれのこのときの経験をもとにしたのかもしれません。一八九八年にアメリカとスペインのあいだに戦争が起きたときも、かれはわざわざ大統領に手紙を書き、〈ラフ・ライダース〉と呼ばれる義勇軍に志願しましたが、これも断られています。
 バローズは、その後いろいろな仕事につきました。アイダホで牛飼い、オレゴンで金鉱探し、ソルト・レークでは鉄道警官……。しかし、どれひとつとってもうまくいきません。1900年、25歳のときに結婚しましたが、仕事は依然としてうまくゆかず、ひどい貧乏な生活が続きました。そして1911年のことでした、そのころ小さな薬屋で働いていたバローズは、そこに置いてあった新聞の小説を読んで、それがあまりにもつまらないのにおどろき、「おれならぱ、もっとおもしろい小説が書ける!」と思い立ったのです。
 貧乏で、本を読んだり、芝居を見たりすることができなかったかれは、ベットのなかでいろいろな話を空想してはたのしんでいたのですが、かれはそのなかのひとつを原稿にして、『オール・ストーリーズ』という雑誌の編集部へ持ちこみました。1作目はだめでしたが、それにもめげずに書いた2作目が見事に採用されました。『火星の月の下で』という題名のこの作品は、のちに『火星のプリンセス』と改題され、これが〈火星シリーズ〉の第1作となるわげです。そして、次の年に発表した『猿人ターザン』は爆発的な当たりをとり、エドガー・ライス・バローズというその名は、不動のものとなったのです。
 いま、アメリカのカリフォルニア州にターザナという町がありますが、これは実は、バローズが自分の買った牧場に、ターザンにちなんでターザナという名をつげたところが、ここが発展して町になってしまった――というわけで、かれの成功ぶりもわかっていただけるでしょう。
 映画になったターザンだけで37本、500万ドルもかせいだバローズは、ハワイのホノルルに家を買い、のんびりと〈火星シリーズ〉や〈金星シリーズ〉などのつづきを書きはじめたのですが、そこへ起こったのが太平洋戦争、日本海軍による真珠湾空襲です。バローズは、ゼロ戦がまだ飛びまわっているあいだに司令部へ出頭し、陸軍の従軍記者を志願しました。そして、第二次大戦中、世界でもっとも年長の従軍記者として、太平洋各地を転戦しました。
 サイパン島から東京を爆撃にきたB29のなかにも、〈火星のプリンセス号〉というニックネームをもった機体があったそうで、〈火星シリーズ〉がどんなに人気があったか、よくわかります。
 そしてまた、「自分が兵士として勇敢に行動できたのは、“ジョン・カーターに負けてたまるものか”と、いつも自分に言いきかせたからだ」と、のちにしみじみ書いている人もいます。
 しかし、考えてみますと、エドガー・ライス・バローズの一生こそは、ほかならぬジョン・カーターの一生だったのではないでしょうか。男というものは、どんなときにもくじけず、正しいと信じたことを全力で実行し、弱い女や子どもを守るためには命をかける……。
 小さいときから軍人にあこがれたのも、べつに戦争が好きだったからではありません。男らしく生きる世界を求めたにすぎないのです。
 1950年、いまから25年前にバローズは死にましたが、その死の直前まで、かれは、自分がターザンやジョン・カーターの生みの親であることよりも、70歳になって、世界最年長の従軍記者として活躍したことを誇りにしていた――という話を聞いて、ぼくはなおさら、そう思わずにいられません。

 〈火星シリーズ〉、〈金星シリーズ〉、〈地底シリーズ〉など、バローズの主な作品は全部、日本語に訳されていますから、ぜひ読んでみてください。小学校上級からなら、らくに読めると思います。


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