講談社 火星シリーズ5『火星のくも人間』解説より
Mar.1967
アメリカの衛星船〈マリーナ4号〉が火星の写真をおくってきたのは、つい、二年ほどまえのことですが、どうです、このエドガー=ライス=バローズの火星の世界というのは、ずいぶんかわった世界ですね。そう思いませんか。四本の手をもった三メートル以上もある大男だとか、八本の足をもった巨大なうまだとか、かえるによくにた顔の十本足のいぬだとか、よくもまあ、こんなとんでもないことを思いついたものだ、といいたくなります。
それに、飛行機があるのにうまをのりまわしたり、ライフルがあるのにやりをふりまわして切りあいをしたり、すごく文明国みたいだと思うと、男も女も、みんな原始人みたいにはだかだったりして、へんだなあ、と思った人もいるのではないかと思います。
エドガー=ライス=バローズが、とてもゆたかな想像力のもちぬしであることは、この〈火星シリーズ〉のどの一冊をとってみても、すぐによくわかることですけれども、バローズは、そんな話を、ただ、めずらしいからとか、あるいは、おもしろいから、というだけのことで書いたのではありません。
月や火星、金星などを舞台にした空想科学小説は、バローズの前にもあとにも、それこそ山ほどあります。その作者たちは、なぜ、なんのために、そんな世界の話を書いたかというと──地球とはまったくちがう世界の中に、人間、あるいは生物、それとも“知性”といったほうがいいかもしれない、そんなものをおいてみるとどんなことになるか、それをていねいにおっかけてみると、人間っていったいなんなのか、というもんだいに、あたらしい世界がひらけてくるだろうと考えたのです。
エドガー=ライス=バローズの〈火星シリーズ〉でもそれがいえます。火星という、地球とはまったくちがった世界の中で、地球人ジョン=カーターが見せる活動は、もちろんバローズが心の中でいつも考えている夢なのです。よわいものはどこまでもやさしくいたわり、わるいやつとはとことんまでたたかう──そんなすばらしい男のすがたを、くっきりとうきださせようとして、そのために、バローズはこの火星の世界をきずいたのでした。
この火星の世界のしきたりや、火足人の考えかたが、地球人であるジョン=カーターやみなさんと、どんな風にちがい、どんなぶつかりかたをするか、そして、地球と火星とどっちがいいか──そんなことを考えながら、もういちど、この本をはじめからよんでみると、きっと、また別のおもしろさを見つけますよ。
comment
講談社版第5巻のの解説文全文収録です。
この講談社版は訳者を変えて全巻を短期間に出版するという速成企画でした。なんと、1から5巻は同時刊行、というすごさです。2年先んじていた創元推理文庫版に追いつき、追い越すことでブームの需要を先食いしようという意図だったのかもしれません。大出版社のなりふり構わぬ態度は、この時代の勢いを感じさせるエピソードでもあります。高度成長期の日本だったんですね。
しかし、解説は野田さん一人でした。SFMの連載コラムでバローズをSFの始祖の一人として紹介した第一人者であり、同じく翻訳出版の第一人者である厚木淳氏はライバルである東京創元社の編集長であることを考えると、解説の人選は野田大元帥しかいなかったということはわかりますが、依頼を受けた野田さんも困ったでしょうね。ホームグラウンドは早川で、創元でも解説を書いていましたから。
このシリーズでの野田さんの解説は、明らかに子供向けで、かつ内容が薄いというか、すでにSFMのコラムなどで紹介済みのネタを分割して掲載しています。そのせいか、該当する作品への直接の解説にはなっていません。まあ、ありていにいって、さほどやる気を感じない…やむなく書いた、という感がありありです。まあ、子供向けにターゲットを切り替えて、精いっぱいの紹介を書いた、ということも言えるのではありますがね。