ERB評論集 Criticsisms for ERB


吉岡平『火星の土方歳三 あとがき』

ソノラマ文庫刊『火星の土方歳三』あとがきより

31 May.2004


 知り合いに、こう言いました。
「実は、バローズ、大好きなんですよ」
「へえ」
 と、相手は言いました。「吉岡さんが『裸のランチ』がお好きとは思ってもみませんでした」
 あのなあ……。きみ、わかってて言ってっしょ(苦笑)。

 というわけで、バローズですよ、バローズ! 誰もが入門書として読む、あのエドガー・ライス(ライズじやないでしょう。スペルは『米』ですもん) ・バローズ!
 ぶっちやけ、経緯から申しましょう、メイビー。実はこの物語は、今を去るかれこれ十年前、某K川書店から刊行された『風と共に去るぜよ』(珍しくもハードカバー、でもって、イラストなしで表紙が坂本竜馬の巨大フィギュア。わざわざこの表紙のために制作されました。今、どこにあるんでしょう?)の、第二弾として企画されました。しかし、予想に反してというかぶっちゃけ、『風と共に去るぜよ』が売れなかったため、敢えなくポシャったのです。その後、徳間から出そうという話もあったのですが「吉岡の、タイラー以外の作品は売れないから」という、徳間デスクのミもフタもない鶴の一声というか、ぶっちゃけ慧眼によって流れました。そのまま、十年近く寝かせておいたんですね。というか、忘れてました。
 で、今年ですよ。
 NHK大河が、『新選組!』ですよ。
 でもって、火星探査車ですよ。
 出すなら、今年しかないでしょ。この期を逃したら、二度と日の目を見ない。だから、書きました。書き始めて、しまったと思いました。「こりゃ、終わらんわ」
 わたし、実は自分でも思っていた以上に、火星シリーズ好きだったんですわ。正直、もっと肩の力の抜けた作品になると思ってました。だって、上方歳三が、バローズの火星世界に行く話ですよ。坂本竜馬が、アメリカ行ってレット・バトラーやスカーレット・オハラと逢う『風と共に去るぜよ』みたいな、能天気な話になると、誰もが思うじゃないですか(これを読んで『風と共に去るぜよ』が読みたくなった人、残念ですが、とっくに絶版の上、わたしの著書の中では一-二を争う入手の難しさです。気長に探してみてください。ブックオフなんかにも、ほとんどないです)。でも、書き始めて、ここまで書きたい、書きたい、書きたい、あれもこれも入れたい!………って思った作品、近年ないです。ページ数では、わたしのほとんどの作品の一・五倍、文字数は……倍以上でしょう。会話も、極力詰めたし。これほど気合が入るのも、わたしが本当に、火星シリーズに胸躍らせた中学生だったからです。いや、偕成社ジュブナイル版の『火星のプリンセス』と『火星の巨人ジョーグ』を読んだ頃は、ヒネタ小学生ですよ。我が生涯を決定してしまった作品としては『ヤマト』より旧いんだから……。

 執筆にあたり、設定は可能な限り『火星シリーズ』(最近、復刻されましたねえ。でも、文章が、記憶にあるのと徴妙に違う。と恩ったら、訳者が代わってた。『匕首』が『短刀』と訳され直してあったりして……ここはやっぱり、『匕首』がいいよねえ、『匕首』が)に準拠しました。所どころ、ニヤリとしてもらえるんじゃないでしょうか。ただ、不遜かつ牽強付会にも、火星人の生殖に関するくだりだけは、個人的に改変させていただきました。だって、土方歳三がシャケみたく、卵に白いものかけるところ想像したくなかったんだもの。リカヴィネじゃあるまいし……。
 火星のクリーチャーに関しては、かなり原典に忠実です(というか、これが書きたかったのよね!)。ただし、オルラックというのは原典のどこを読んでも、毛皮の柄くらいしかわからない謎の獣です。迷った揚げ句、アザラシに似ているということにしました。北極の獣だから、これでいいでしょ。時々イス河の河口や、かなり上流でも目撃されて『イスちゃん』とか呼ばれていたりしてね。
 ああ、あとダルシーンもだ。これは原典では『カメレオンに似た爬虫類。体色がしょっちゅう変わり、小さい』ということしかわかりません。で、大胆なアレンジを加えました。何を参考にしたかは……読めばわかる!
 ところで、ダルシーンは毒を持っていると信じ込んでいる人に、未だに時々会います。あなた、それは偕成社ジュブナイル版の設定よ。バローズ大先生に無断で改竄されたのよ。ダルシーンが毒を持っているというだけで、あなたが創元文庫読んでないのモロバレよってね。いやあ、でも、あのジュプナイル版にしか登場しないオリジナルの怪物ってのも、けっこう面白いよね。ピトニアって知ってる(わかったら、あなたは友ダチ!)? バンス対ソート、シスとキャロットの闘技場での大乱戦なんて、バローズ先生の筆で読んでみたいです。それと続編も……「その日、真珠湾にいたわたしジョン・カーターは、不意に赤い丸を付けた無数の小型飛行艇に襲われ……」なんてのが読めたかもしれません。だって、バローズはあの日まさにそこに居合わせたんですよ。ったくもう、老骨に鞭打って、B29なんかに乗ってなきゃ、続編を書く余力もあったでしょうに……。
 そんなこんなではなはだ評判のよろしくない偕成社ジュブナイル版ですが、ちゃんと武部本一郎さんの挿し絵ですからね。おまけに、ジュブナイルだけあって点数も多い! ちゃんと、ピトニアやダルシーン(ジュブナイル版では『ダルシン』)のイラストもあるんですよこれが!
 そうそう、挿し絵繋がりでもうひとつ。
 この本の挿し絵を、なんと末弥純先生が『屠竜の剣』以来、引き受けてくださったそうです。やりい! もう勝ったも同然です。あとがき読んでるそこのあなた、挿し絵だけでも、この本、買う価値ありますぜ。
 というわけで、末弥先生の緑色人のイラストを思い描きながら、このあとがきを書いています。いやあ、これほど本になるのが楽しみな作品は、何年ぶりでしょうか!

 最後に、この本を読んで少しでも「面白いなあ」と思ったあなた。『火星シリーズ』は、この数十倍面白いです。中学生にも、あんな分厚い本を寝食忘れて読ませるんですから。
 ああ、思い出すだけであの小西文体、わたしの血肉となってます! バルスームサイコー! バローズ万歳! ピーター・ジャクソンさん、『指輪物語』の長丁場も終わったことだし、次は『火星』シリーズ、いかがですか? 三部作どころか十部作でも、おれは観たいぞ!

 あ、土方歳三に関して書くスペースがなくなった。
 世にその人の数だけ様々な土方歳三があると思います。ま、わたしの世代だと『ひじかた』といえば、モロ「トシちゃん25歳!」だったりしますが……(実は当時、仲田そうじ君と同い年。それがもう、きんどーさんの年超えちゃったよ)。
 まあ、彼くらい、火星に飛ばすにふさわしい同胞はいないということで、納得していただけますよね。時代なんか、ジョン・カーターと五年くらいしか変わりません。それどころかもしかして、生年は同じかも……。どっちも国内動乱の、負け組の士官だしね。

 ああ、楽しいけど、しんどかったなあ……。
著者

comment

 人気作家 吉岡平さんによる、パロディ小説のあとがきです。パロディ、というよりオマージュ・ノベルというべきかもしれません。あるいは、失礼を承知であえて言うなら、出来のいいファンフィクションといってもいいのかも。あとがきを読むだけでも、ご本人がまず楽しまれている様子が伝わってきます。わたしなんかよりずっと年季も思い入れも入ったファンの方なので、あえてそう呼びたい気がします。
 残念ながら、本書は朝日ソノラマ社の朝日新聞社への吸収合併とともに終了したソノラマ文庫の一冊で、その後も復刻はされていない。なので、現役の本ではないと判断して、ここに収録させていただくことにしました。映画化のタイミングでの復刊には期待したけど、残念でしたね。

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