山川惣治:作・画
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10年以上前のこと、角川文庫がアニメ企画の関連で山川惣治の作品を大量に復刻したことがあった。アニメ化の対象として『少年ケニヤ』を選んだのは賢明だったろう。ストーリイは奔放で、ヒロインは白人の美少女、大蛇もいて……と、絵になる要素は多いからだ。ただし、単純に作品としてみると、古色蒼然の感はありつつも『少年王者』の方に興味を持たざるを得ない。そして、特にその第1巻におけるバローズに対するオマージュに気づかないわけにいかない。
日本におけるバローズの評価というと、現在では『火星のプリンセス』にはじまるSF作品に端を求めるというのが一般的な評価である。ターザンはなるほど偉大な作品でネームバリューは抜群だが、いかんせんバローズの作品というよりはアメリカの人気映画としての人気だ(った)と思えるからだ。しかし、現実には原作小説としてバローズの作品も日本に紹介され、そして読まれていた。その確かな証拠が、ここにはある。
『少年王者』はわれわれの親の世代の愛読書だ。その主人公真吾の生い立ちを描いた第1集は戦後間もない1947年に刊行されている。その生い立ちとは、こうだ――秘境に取り残された日本人夫妻とその愛児。かれらの小屋を襲う1頭のライオン、そこから赤ん坊を救ったのはわが子を亡くしたばかりの雌ゴリラ・メラだった。これは、まぎれもなくターザンの生い立ちそのものである。あるいは原作に忠実な初期の映画から採ったものかもしれないが、わたしとしてはバローズの原作に感銘を受けた山川惣治の恣意的な所作であると思いたい。
焼けあとしかなかった戦後日本の少年たちに、カラーの緻密画による胸躍る冒険物語を提供した山川惣治。彼が目指したのは日本版ターザンだったか。しかし根本的に異なるのは、山川の作品の主人公は永遠の少年であることだ。バローズの主人公も少年からはじまるものは多いが、彼らは成長し、大人になっていく。しかし山川の描いたヒーロー達は最後まで少年なのだ。
いささか大時代的で、かつての紙芝居的荒唐無稽さも漂う山川作品のおもしろさはバローズのそれとは大きく異なるものである。事実、少年王者もおもしろくなるのは魔人ウーラやアメンホテップの登場する後巻からだ。
しかし、だからこそ、山川惣治がその出発点にバローズの模倣をおいたことは興味深い。そして、当時の少年たちはそんな山川の世界に、酔いしれた。
そのさらに子供の世代であるわれわれがバローズに夢中になるのも無理からぬことではないか?