Cover Art by Motoichiro Takebe
はじめタブロー画家として出発し、後にさし絵・絵本などの児童出版美術界で活躍した武部本一郎の名が全国のSFファンに知られるようになったのは、1965年(昭和40年)の「火星のプリンセス」によってであった。武部本一郎は、このE・R・バローズの〈火星シリーズ〉全点の表紙・口絵・さし絵を次つぎと描いて、わが国のスペース・オペラの隆盛に大きく貢献した。また、海外でも反響をよび、高い評価を得た。バローズの〈三大シリーズ〉や、ハワードの〈コナン・シリーズ〉などで多くのSFファンを魅了し、まさにSFイラストを描いては比肩なき存在であったが、1980年7月、惜しくも病に倒れ66歳の生涯を閉じた。この傑作集は、確かな写実と奔放なイマジネーションとによって、絶えずSFイラスト界をリードしつづけてきた武部本一郎のSFアート120点余を全三冊にまとめた作品集である。
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comment/コメント
岩崎書店版画集の第3弾。創元推理文庫収録作品、子供向けSF叢書、学研のSFファンタジア収録イラストといった内容だが、出色は冒頭のジークフリードだろう。獲物をくわえたまま横たわるワニに似た怪物、その前で剣を片手に指笛をふく半裸の少年、彼に従う青い小鳥。幻想的だが生々しく、また凄まじく美しい少年像に、感嘆した。1977年に描かれ、童美連展に出品された作品だが、隠れた名品というべきだろう。本の表紙などには使われてはいないはずだ。児童画家、SF画家の武部画伯の、晩年の集大成であった。同時期のイラストとしては創元版地底世界シリーズの終盤の巻がそれにあたるが、こちらは比較的出来は悪いように思う。それだけに、この作品のレベルの高さが意外でもある。この後の作品は「月シリーズ」しかり、「モンスター13号」しかり、「密林の謎の王国」しかり、細部にわたって綿密な、入魂ともいえる代表作が続く。1980年に没した画家の、命の炎が消える寸前の輝き、というのは、不謹慎な表現だろうか。わたしの心情はただ感服しているのみだ。
そして、本書のもうひとつの大収穫、それは未亡人となった鈴江さんの文章が読めることだろう。武部画伯の少年のような側面と、本当に愛し合っていた様子がうかがいしれる、胸が熱くなる文章だ。思わず感涙。