創元推理文庫「密林の謎の王国」解説より
Apr.1979
バローズは1929年に読んだR・J・ケ―シーの「シヴァの四つの顔」に触発されて、カンボジアを舞台とする冒険小説の執筆を思いたった。アフリカや南海の孤島という当時の世界の辺境に取材して数々の小説を書いてきたバローズにしてみれば、当時フランスの保護領下にあったカンボジアは、まさに彼の創作意欲にうってつけの東洋の秘境にほかならなかった。12世紀にインドシナ半島に覇をとなえて、アンコール・ワットの遺跡に代表される壮大華麗なクメール文化を築いた神秘的なクメール王国。作者は主人公の現代のアメリカの青年医師を、タイム・トラベルの趣向で8世紀逆行させて、この謎の王国の渦中に投げ込んだのである。虎、軍象、癩王、仏教の寺院と高僧、褐色の小柄な美しい王女、と道具立てはまことに東洋風で異国趣味に横溢している。そして恋と冒険、監禁と脱出と陰謀というバローズ十八番の冒険小説が展開する。正面きって東洋に取材した小説としてはバローズの全作品の中でも珍しく、全編にみなぎる幻想的な雰囲気がみごとな効果をあげている異色作である。ただし、茸に目
のない読者なら、その読後感は、また話が別かもしれないが。
バローズが本書を脱稿したのは1929年の宋で、翌年、〈ブルー・ブック・マガジン〉が7,000ドルで購入し、翌1931年の5月号から9月号へかけて連載された。バローズが最初につけた題名は「癩王の踊子」だったが、癩王ということばに読者が嫌悪感を覚えるのではないかと懸念した編集者が、「隠れた者たちの王国」と改題してしまった。バローズはこれが大いに不服だったらしいが1932年に単行本化された折には、原題を採用せず、「ジャングル・ガール」という新しいタイトルがつけられている。
注:この文章は厚木淳氏の許諾を得て転載しているものです。