ERB評論集 Criticsisms for ERB


厚木淳「火星シリーズ総集編」

創元推理文庫火星の古代帝国解説より

Sep.1967


 本巻はカーターの孫娘ガソールのラナを主人公とした四つの連作短編から成っているが、パナール対ガソールの戦争が全体の中心テーマであり、ガソールの救出におもむく途上でカーターとラナが数奇な冒険に遭遇するという形をとっているので、首尾一賞した長編と見なすこともできるような作品である。この四つのエピソードは1941年3月から8月へかけて断続的に「アメージング・ストーリーズ」誌に発表され、1948年に単行本として一本にまとめられた。
 バローズは各エピソードの背景に、9巻までの「火星シリーズ」に登場した人物や怪獣や伝説などを随所に利用しているので、シリーズに精通している読者にとっては特におもしろく読めるようになっている。火星史上最古の人種といわれる伝説的な白色人種の出現や、カーターの旧敵の悪名高き黒色人種ブラック・パイレーツの再登場などがそれで、さながら火星シリーズ、オン・パレードの観を呈する異色の巻である。ただし透明人間は第8巻に出てきたサリアのタリッド人とは人種も違うし、不可視性を得る方法も違っている。タリッド人の場合は催眠術を利用した一種の精神障壁で姿を見えなくしているのだが、本巻のインパク人は、薬を利用した化学作用で姿を消している。
 ところで訳出中、一、二感じた疑問を述べておきたい。331頁15行目で、“彼はその方向にあごをしゃくった”とあるが、透明人間の身振りがなぜカーターに見えたのか? また310頁で後ろ手に縛られたカーターが隣りを歩いている透明人間の腕の上膊部に右手で触れ、しかも自分のその右手が忽然と消えるのを目にしたとある。果して、こうした動作が物理的に可能かどうか? バローズの筆がうっかり滑ったとしか思えない文章だが、いかがなものであろう。

注:この文章は厚木淳氏の許諾を得て転載しているものです。


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