創元推理文庫「美女の世界ペルシダー」解説より
Apr.1977
ブライアン・オールディスがSFの歴史を概観した『十億年の宴』
Billion Year Spree の中で、同時代作家としてのH・G・ウェルズとE・R・バローズをSFの両極にあるものとして対比させたうえで、こんなことをいっている。つまり、ウェルズは読者に考えること(to
think)を教える。しかるにバローズは読者に驚嘆すること(to wonder)を教える。センス・オブ・ワンダーというのは本質においては宗教的状態で、批評の道を封じてしまう。それに対してウェルズは、彼のもっとも通俗的な作品の場合でも常に批評的であると……。
なるほど、バローズをワンダー型の作家として規定したのは、オールディスの卓抜な指摘といえよう。バローズの読者というのは世界的なファン・クラブを組織していることからもわかるように、ふつうの愛読者というよりはむしろ心酔者で、その惚れこみかたは陶酔に近い。批評を封ずる宗教的状態とは、まさにいい得て妙である。
さて、地底世界シリーズ最終巻の本書は、3つの連作短編から成っている。この3作は1942年に「アメージング・ストーリーズ」に発表され、1963年に単行本化された。その際、バローズの死後、発見された第4話
Savage Pellucidar が追加されたが、版権の都合で訳出できなかったことをお断わりしておく。この第4話は、それまでの3作にくらべてもっとも短く、再三再四、すれちがいに終わらせていたホドンとオー=アアを再会させるために意図された作品なので、その荒筋を282頁以降に付しておいたから、一応プロットはおわかりいただけるものと思う。バローズは作品の構成にあたって、冒険に比重をかけすぎるため、登場人物の性格描写が画一的なきらいがある、とは一部の批評家の言だが、本書に登場する、おしゃべりで、ほら吹きのお転婆娘オー=アアと、その名前がドリー・ドーカスではないアー=ギラクの二人などは、バローズの全作品中でも、生彩と魅力に富む点では届指の人物である。バローズが性格描写にかけても名手であることを示す例証といえるだろう。バローズは本書を単行本化する際には
Girl of Pellucidar という題名を用意していたというが、彼の生前にはついに日の目を見ずに終わってしまった。訳題「美女の世界ペルシダー」は、そうしたERBの意志を尊重してつけたものである。
最後に、全7巻の本シリーズの刊行が訳者の都合により遅延したことを、全国の愛読者各位にお詑びしなければならない。また、火星、金星両シリーズにつづいて華麗な插絵を描いてくださった武部本一郎画伯には重ねてお礼を申しあげたいと思う。
東京地上世界にて
1977年元旦
注:この文章は厚木淳氏の許諾を得て転載しているものです。