角川文庫『金星の大海賊』解説より
31 Oct.1968
本書は角川文庫のSFファンにはすでに火星シリーズでおなじみのエドガー・ライス・バロー ズ(Edgar Rice Burroughs)が、金星を舞台にして執筆したシリーズものの第一作 Pirates of venus(1934)の翻訳で、第二作以下は Lost on Venus(1935)、Carson of Venus(1937)とつづき、 その後第二次大戦を間にはさんで Escape on Venus(1964)とTales of Three Planets(1964)の 短篇集二冊が刊行されている。本文庫にはCarson of venusまでの長篇二作が順次おさめられ る予定である。
1930年代のアメリカのSFといえば、ホース・オペラ(西部劇のこと)、ソープ・オペラ(主婦向けのメロドラマ)などと並び称されるいわゆるスペース・オペラの全盛時代で、エドモンド・ハミルトンのキャプ テン・フューチャーもの、エドワード・E・スミスのリチャード・シートンもの(角川文庫『宇宙のスカイラーク』)とレンズマン・シリーズなどを筆頭に、SF専門誌の隆盛とあいまって、群小作家による宇宙シリーズものが輩出した。だがその中でも最高峰としてそびえる巨人は、なん といっても火星シリーズ全11巻、金星シリーズ全5巻、地底世界を舞台にしたペルシダー・シ リーズ全7巻に加えて、映画やTVでおなじみのターザン・シリーズ全24巻を残したこのバ ローズだろう。SFというジャンルの特殊性のために、しばしば見落とされがちだが、その精力的な執筆量といい、物語作者としての技量の確かさといい、やはりバローズは、シャーロック・ ホームズのコナン・ドイル、アルセーヌ・リュパンのモーリス・ルブラン、くだってはペリー・メイスンのE・S・ガードナーに匹敵する作家ではたいたろうか。
『金星の大海賊』も、作者自身の火星シリーズをはじめとする他のスペース・オペラと、ほぼ似たりよったりの構成をとっている。すなわち地球の快男児が冒険を求めて宇宙にとびたち、身の毛もよだつようなベムや数々の危難を乗りこえて宇宙の美女と結ばれるという図式である。たわいないといってしまえばそれまでだが、スペース・オペラが1930年代のアメリカを風靡し、近年また復活しつつあることを考えれば、大衆娯楽においてそれが果たす役割を過小評価してはならないだろう。
エドガー・ライス・バローズの経歴を簡単に紹介すると、彼は1875年にシカゴで生まれた。ミシガン州オーチャード・レークのフィリップ・アカデミーで教育を受けたのち、短期間軍務に服し、除隊後シカゴに戻ったが、以後さまざまな職業を転々とする。オレゴン州の金鉱で働いたり、アイダホでは小売商人やカウボーイ、ソルトレーク・シティでは警察官をしたこともあるという。1910年ごろから小説を書きはじめ、1914年に出版されたターザン・シリーズの第1作で大成功を博した。最初のスペース・オペラ火星シリーズの第一作は1917年の作品である。以後前述の各SFシリージをはじめ手広く娯楽小説に手をそめ、60冊以上の長短篇を執筆して、1950年にロサンゼルスで没した。