ERB評論集 Criticsisms for ERB


内田庶 「火星の合成人間」について(解説)

偕成社SF名作シリーズ『火星の合成人間』


作者と作品
この本の作者、エドガー=ライス=バローズというひとは、小説家として、ちょっとかわった一生をおくっています。
 バローズのおとうさんは、この本の主人公ジョン=カーターとおなじように、アメリカの南北戦争で南軍の将校でした。その血をうけたせいか、それとも、小さいとき、おとうさんのいさましい話をいつもきかされたせいか、軍人が大好きで、大きくなったら軍人になるというのが、少年バローズの夢でした。
 でも、その夢ははたせませんでした。そして、一九一二年、この本のシリーズの第一作、『火星の王女』を発表するまで、いろいろな職業について、苦労したのです。一八七五年シカゴで生まれたのですから、三十七才のとき、はじめて、小説家として成功したわけになります、その苦労もわかるでしよう。
 このようなバローズですから、小説家として、書さいにとじこもることなんか、大きらいです。第一次世界大戦がはじまると、やっと少年のときからののぞみをはたし、陸軍少佐になって、戦いにくわわりました。
 また第二次世界犬戦がはじまると、六十六才だというのに、自分からすすんで軍隊にはいり、B29にのって、太平洋の島々の爆撃に参加したというのですから、たいへんなおじいさんです。
 バローズは、一九五〇年三月、七十五本でなくなりましたが、そのときは、世界じゅうのバローズのファンが、かなしみました。いまでも、バローズのファンはクラブをこしらえて、機関誌をだしているぐらいです。
 前にもふれましたように、この本は、バローズの火星シリーズのうちの一冊で原題を『ジョン=カーターと火星の巨人』といい、一九四〇年に書かれたものです。火星シリーズは、ぜんぶで十一冊、出版されています。そのなかでは、この本は、中編で、ちょっとかわっています。というのはこのシリーズは、『火星の王女』からはじまって、だんだんに発展しているのですが、これは、それらとはかんげいなく、独立しているからです。
 いずれにしても、火星シリーズは、どれももんくなしにおもしろいことが特ちょうです。それは、この本をお読みになったひとなら、おわかりでしょう。科学小説というワクにしばられないで、読んでいただくのがいちばんいいのです。

バローズの火星
 この小説でえがかれている火星は、まったく、バローズの想像のもので、科学的に正しいとはいえません。バローズは、当時の火星をつぎのように考えていました。
 なん万年も前に、火星でさかえた文明は、ほろびさりました。それは、空気がなくなり、大洋がひあがりだしたからです。そのなん万年か前は、火星の主人公は、白人でした。火星には、白人、赤色人、黒色人、緑色人が住んでいました、色はちがうけれど、緑色人をのぞいて、みな、地球人とそっくりで、むしろ、ギリシア彫刻のような、美しい人間として、バローズはえがいています。
 空気がうすくなってくると、科学者たちは、空気製造工場をこしらえることに成功しました。でも、それまでに、いちばん文明のすぐれた白人は、ほとんど死にたえ、がんじょうな人間のみ、生きのこりました。いまの火星に住んでいるのはその生きのこった人間の子孫です。
 ですから、いまの火星の文明は、むかしより、はるかにおとっていますが、地球とくらべては、なかなかすぐれています。しかし、ほろびてゆく星の文明ですから、地球のように生き生きとしていません。
 赤色人がいちばん文明がすぐれています。この赤色人と、とてもざんこくな黒色人や、やばん人の緑色人が、火星で、しょっちゅう、あらそっているのです。その赤色人も、いくつかの帝国にわかれていて、ジョン=カーターのいるのは、ヘリウム帝国です。ジョン=カーターは、火星の帝国ぜんぶから、元帥とされて、尊敬をうけています。それも、あいあらそう火星人の平和のために、大かつやくしたからです。
 この火星の交通機関は、空中艇です。ロケットやジェットをそうぞうされたかたもあると思いますが、地球のとは考えかたもちがいます。ひあがった大洋のかわりを空にもとめたもので、うかぶ舟といったほうがいいでしょう。エンジンも、火星のある特殊光線も利用したもので、垂直に離着陸できるし、空中に停止することもできるのです。

火星にはどうしてきたか
 ジョン=カーターは、宇宙船で火星にきたのではありません。南軍の将校だったカーターは、戦争にまけたあと、アリゾナヘ鉱山をさがしにでかけます、とちゅう、インディアンにおそわれて、やむなく、ある洞くつににげこみました。そこは老婆のミイラがいる、きみょうなところです。
 そのあやしげなところにいるうち、ジョン=カーターはへんな感じにおそわれ、自分のからだから自分がぬけだすような気がします。そして、外にかがやいている火星を見ているうちに、そこへ磁石にひっぱられるような気がして、空間をとんでいき、火星についたというわけです。
 これをSFでは、テレポーテーションという超能力と考えます。つまり、精神の力で、空間をいっしゅんのうちに移動できることです。
 ジョン=カーターは、あやしげな力で、この超能力を身につけたため火星にゆくことができたのです。ですから、ジョン=カーターは、それからも、何回も、そのテレポーテーションの力で、火星と地球とを、いったりきたりしています。
 だが、ジョン=カーターには、火星のほうが、すみやすいようです。

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