創元推理文庫「時間に忘れられた国」解説より
Aug.1971
1917年といえば第一次世界大戦の最中だが、本書の作者バローズはすでに「 火星 」「 ターザン 」「 ペルシダー 」の三大シリーズの雑誌連載を着着と進めて人気作家となり、「ターザン」映画の第一作が早くもハリウッドで製作された年に当たる(公開は翌年)。そして不朽の名作「
火星のプリンセス 」が単行本となってマクラーグ社から刊行されたのもこの年で、バローズにとっては創作活動に油ののりきった記念すぺき年である。本書に収めた第一部「時間に忘れられた国」が執筆されたのは同じくこの1917年で、第二部「時間に忘れられた人々」は1917
年から1918年にかけて、そして第三部「時間の深淵より」が1918年である。
書誌的なことを述べれば、この三部作は初め〈ブルー・ブック・マガジン〉1918 年の8月、10月、12月号の3回にわけて発表され、1924年にマクラーグ社から単行本としてまとめられた。また1927年にヒューゴー・ガーンズバックの〈アメージング・ストーリーズ〉に再録された。戦後はバローズ・リバイバルの中心となったカナベラル・プレスから出版され三部作を全一巻としたが、別に工ース・ブックから三冊本としても出版された。 地球上の伝説的なロスト・ワールドといえぱプラトン、ベーコンの昔から大西洋上のアトランティス大陸と太平洋上のムー大陸が双璧であり、これはヴェルヌの「地底旅行」を皮切りにレスター・デル・リーやメリットなど多くの作家が取材する基本テーマの一つである。有史以前に繁栄し、その後、地殻の大変動によって海底に陥没したものと推定されるこうした古代文明に現代人がふとしたことから接触するといったプロットが定型である。余談になるがこの種のロスト・ワールドに関する研究書ではマヤ、インカなどの実在した吉代文明も含めて、SF作家スプレイグ・ド・キャンプが書いた大著
Lost Continent -- The Atlantis Theme in History, Science, and Literature,1954
が豊富に挿入された地図や図版とあいまって特に傑出している。
以上をロスト・ワールドのA型とすれば、B型ともいうべきものにコナン・ドイルの「失われた世界」が代表する作品群がある。これは前述したような特定の古代文明を仮想せず、ただ、なんらかの理由によって数万年ないしは数十万年来、地球の進化から隔絶し、その結果、原始太古の爬虫類時代が、そっくり保持されている人跡未踏の秘境を設定し、これと現代の探検隊が接触する話である。ドイルの場合は舞台が南米アマゾン河流域であり、このほかバガードからブリッシュの「暗黒大陸の怪異」に至るまでアフリカとチベットが好んで使われているのは周知のとおりである。
さて「時間に忘れられた国」三部作で作者バローズが舞台にするのは、南太平洋に位置する絶海の孤島キャプローナ、現地名キャスパックである。これは大火山がその昔陥没してできた島だと推定され、噴火口がそのまま内海になったドーナツ状の島で、内海にはさらに空飛ぶ鳥人の本拠地である小島がある。この人外境に当時の最新鋭兵器Uボートに呉越同舟で上陸した英米仏独の混成グループが怪獣相手の死闘を展開するわけだが、これだけではドイルの「失われた世界」の焼直しで、単なる秘境探険小説に終わってしまう。本書の第一部は一読、そのような印象をあたえるが、実はこれが導入部として重要な伏線となり、コル・スヴァ・ジョーとかコス・アタ・ローとかいう謎めいたことばが示すキャスパックの秘密が第三部に至って氷解するという形になっている。バローズは本質的にはヴェルヌやバガードの系列にあるファンタスティック・アドベンチュア作家であるが、かといってSF作家としての資質とSFに対する貢献を過小評価するわけにもいかない。数十万年という長い長い緩慢な進化を経てきた外界の人類に対して、その進化を、そっくりそのまま七段階にわけて個体の一生で経験する
キャスパックの人類というテーマは、生物進化の法則をひっくり返した大胆かつ斬新な着想であり、SF的アイディアとしてはバローズの作品中でも白眉といえるだろう。シャーロック・ホームズの作者として名声嘖々たる大家コナン・ドイルの「失われた世界」発表のわずか5年後に、あえて本書を執筆したバローズの満々たる自信のほどが偲ぱれる出来である。
なおバローズには本書の前年に発表した「 失われた大陸 」 Lost Continent と題する作品がある。一見、ロスト・ワールドもののようだが、実は米中二大国に分割された22世紀の地球を舞台にする未来小説で、これまたバローズならではの創意にあふれた作品である。
注:この文章は厚木淳氏の許諾を得て転載しているものです。