創元推理文庫『火星のプリンセス』解説より
Oct.1965
(初版解説)
19世紀の後半から、やがて来るべきSF時代の胎動がはじまっていた。すでにフランスではジュール・ヴェルヌが『月世界へ行く』や『地底旅行』を発表し、イギリスではライダー・ハガードがアラン・クオーターメインをを中心とする一連の秘境伝奇小説を書き、引き続いてH・G・ウェルズが『透明人間』や『宇宙戦争』を出版して、文学と科学のファンタスティックな結合は着々と進行していった。しかし作品の舞台は、月世界テーマをのぞけば、いずれも地球に限定されていた。地底や海底、あるいは未開の辺境が小説の舞台となったが、主人公たちは、地球の強力な重力によって、いちように地表に釘づけにされていた。しかし重力の牽引力はやがてきれるであろう。人間が、地球を離れて広大無辺の宇宙空間にとび出し、他の惑星を舞台に大活躍する雄大なスペース・オペラの開幕が迫っていた。幕をあげるのは誰か? ヴェルヌ以来の伝統を誇るフランスか? 大ウェルズを擁するイギリスか?それともロケット工学に先鞭をつけたツィオルコフスキーのロシアか? いや、そのいずれでもない。スペース ・オペラの開幕は大西洋を越えなければならなかった。SFの鼻祖E・A・ポオ以後、その後継者を欠いて、大陸諸国にくらべれば一歩も二歩もおくれをとっていたアメリカで、スペース・オペラは突如として開花するのだ。その栄光をになう男の名前はエドガー・ライス・バローズ。作品は〈火星シリーズ〉。そしてバローズの登場を契機としてアメリカはSF界の第一線に踊り出し、以後、今日にいたるまでその優位は失われてはいないのである。
1911年、当時のアメリカの読物雑誌の一つ『オール・ストーリー・マガジン』の編集部に長編小説の原稿が持ちこまれた。作者は、簿記係りやカウボーイや鉄道警官などさまざまな職業を転々としたあげく、いっこうにうだつのあがらないまったくの無名の三十男である。しかし編集者は、その奇想天外な小説の内容にひかれて採用することにした。こうしてバローズの歴史的な〈火星シリーズ〉の第1作が『火星の月の下で』 Under the Moons of Mars なる題名のもとに、翌1912年2月号から『オール・ストーリー』誌に運載され、SFのおもしろさを知らなかった読者大衆の話題をさらって圧倒的な成功を収めた。
バローズはこのとき、ノーマン・ビーンというペン・ネームを用いたが、(本人はノーマル・ビーンのつもりだったのが、誤植でそうなってしまったという。ちなみに Nomal Bean とは、ふつうのソラ豆という意味と、正気の男という二つの意味がある。こんな小説を書いた作者は、少々気がふれているのではないか、という非難を揶揄するつもりだったのだろう)。後年、1917年に単行本として刊行されるさい、この作品は『火星のプリンセス』と改題され、作者名も本名のバローズとあらためられた。
第1作の好評にカをえたバローズは、ひきつづき翌1913年の1月号から5月号にかけて同じく『オール・ストーリー誌』に『 火星の女神イサス 』を発表し、さらに勢いに乗って1913年12月号から1914年3月号に第3作『 火星の大元帥力ーター 』を執筆して、当代の人気作家としての地位を確立した。以来バローズは1941年までジョン・カーターを主人公とする『火星シリーズ』の連作をつづけ、現在、これらの作品は全11巻の単行本にまとめられている。
バローズが第1作『火星のプリンセス』を発表した当時は、サイエンス・フィクションという概念はまだ成立していなかった。しかし地球と火星を舞台にした雄大なスケール、怪奇冒険小説のスリルとSF的興味が渾然一体となったその無類のおもしろさは、いわゆるスペース・オペラの典型を確立したものとして、1920年代のSF興隆とともに多くの後継者を生むことになった。歴史的に見れば1923 年、怪奇小説とSFを中心とした『ウイアード・テールズ』誌が創刊され、『火星シリーズ』の続刊と平行して、1926年にはSFの父、ヒューゴー・ガーンズバックによる世界最初のSF専門誌『アメージング・ストーリー』が創刊、SF界はがぜん活況を呈する。
1928年には同誌上にE・E・スミスの『スカイラーク・シリーズ』とフィリップ・ノーランの『バック・ロジャーズ・シリーズ』が連載され、ジョン・カーターの後輩はつぎつぎと大宇宙に飛び出していった。1930年ハリー・ベイツによる『アスタウンディング・SF』誌の創刊により、SF流行は一つの頂点に達し、スペース・オペラの舞台も太陽系字宙からさらに銀河系宇宙へ、さらにアンドロメダ星雲へとその現模を拡大していく。いうなればバローズは、この絢爛たるスペース・オペラ時代の閉幕投手の役割を演じたといえよう。
バローズは『火星シリーズ』と並行して同じく有名な『ターザン・シリーズ 』二十数冊を、さらに 金星 や 月 や 地球内部 を舞台にした SF 、ミステリ、 ウェスタン 、 冒険小説 など、広範な分野で全部で60冊以上の長短編を書き、娯楽文学の領域ではもっとも熱狂的な、国民の全階層から愛読されるアメリカ随一の人気作家となった。デュマの『三銃士』や中国の『水滸伝』あるいは『西遊記』、またドイルの『シャーロック・ホームズ』のように、その国民が青少年時代から愛読し、さらに老境に至って再読三読する英雄的な国民文学ともいうべきものがある。アメリカにおいてそれを求めれば、まずこのバローズの諸作であろう。そして国民文学の魅力は、すなわち主人公(ヒーロー)の魅力に通じる。地球から単身、火星へ飛来し、妖怪変化のようなBEM(宇宙生物)を相手に縦横無尽の活躍をし、逆境にあって屈せず、義に厚く情にもろい英雄ジョン・カーターの魅力を抜いて『火星シリーズ』を語ることはできない。
宇宙活劇(スペース・オペラ)の本質が西部活劇(ホース・オペラ)と同じく、ピカレスク・アドベンチュア・ロマンス(悪漢退治の冒険ロマンス)にあることはいうをまたない。したがって可憐な美女と悪玉と、男の中の男ともいうべき主人公(ヒーロー)という三者の図式は18世紀以来、不変のものである。この図式に立つ限り、そこには常に健康な息吹きがある。あとは作者の腕しだいだ。『火星シリーズ』全編を貫く作者の驚嘆すべき想像力、たくまざるユーモアと巧みな構成、効果的な伏線と強烈なサスペンス、要するに作者バローズは天成の物語作家であり、その筆の先から生まれたジョン・カーターは、いまや不朽の人間像(ヒーロー)として、ダルタニアンや孫悟空と肩をならべる存在となっているのである。三銃士を知らないフランス人がいるだろうか? 孫悟空を夢みなかった中国の(そして日本の)少年がいるだろうか? それと同じようにジョン・カーターと無縁な英語国民はいないだろう。『火星シリーズ』はたんなるSFの枠を越えたSF的国民文学なのだ。作者のちょっぴり古風な、ほほえましいロマンティシズムを笑うことはやさしい。しかし、それは近代文学に毒された不幸な見方ではないか? 女を食い物にするジョン・カーター、剣に弱い臆病なダルタニアン、セックス肥大症にかかった孫悟空などに、なんの存在理由があろう。後代の吹けば飛ぶような自意識過剰の作中人物たちにくらべれば、ジョン・カーターはいわずもがな、火星のキャロット、ウーラ一匹をとりあげてみても、どれほど強烈な印象を読者にあたえることだろう――作者がウーラの描写に費している頁は、よくよく考えてみると、きわめてわずかなのだが……。
バローズは1875年シカゴに生まれた。父親は南軍の少佐で、彼もその血を引いて生来の軍人好きだったが、職業軍人にはなれず、1900年に結婚して三児をもうけ、1912年に処女作『火星のプリンセス』で成功を収めるまでは事業に失敗し、さまざまな職業を転々として辛酸をなめた。第一次大戦には軍人好きの念願がかなって陸軍少佐として応召し、やがて作家としての地位が確立するや1930年代の末からはハワイに居住し、日本海軍による真珠湾攻撃を体験した。作中人物というものは多かれ少なかれ作者の分身である場合が多いが、バローズとジョン・カーターにも多分に共通点が見いだせる。それは戦争好きで活動的精力的な性格である。第二次大戦勃発とともに、彼は66歳の老齢にもかかわらず志願して、ロスアンゼルス・タイムズの特派員になり、ブーゲンビルからマリアナ作戦に参加して壮者をしのぐ活耀をみせた。B29に同乗して爆撃にも直接、参加したという。きっとバローズは、宇宙艦隊を指揮して敵国に爆弾の雨をふらせる火星の大元帥ジョン・カーターになったつもりで、武者ぶるいしていたことだろう。1950年3月75歳で没した。
現在、世界中のバローズ・ファンは《バローズ・ビブリオファイル》という愛好家グループを結成して機関紙を発行し、その本拠はミズーリ州、カンサス・シティにおかれている。推理小説ではシャーロック・ホームズのファン・グループ《ベイカー・ストリート・イレギュラーズ》が有名で、ほかにわたしの知るものでは、アランとスーベストルの『ファントマ』愛好家グループが、ジャン・コクトー、アポリネール、シムノンといった、ひとくせもふたくせもある会員で組織されているのがあるだけである。むろん、数多いSF作家の中で、世界的なファン・グループが結成されているのはバローズだけである。バローズの偉大さを示す一端であろう。さいわい、日本からはこのグループにSF研究家の野田宏一郎氏が入会しているので、会の内容、機関紙などについて、ひきつづき紹介していただく予定である。では日本でもジョン・カーターのファンが、ひとりでも増えることを念じつつ、第1巻の解説を終わる。バローズの他の作品、ターザンものや、とくにSF作品については、巻をあらためて書くことにする。
幼年時代に月をあおいで、その中に餅つきをする兎の影をさがしたように、マリナー4号が飛んだ5億2,000万キロのかなたの火星を眺めて、ジョン・カーターとデジャー・ソリスの足跡を夢想できるのは、バローズ・ファンだけに許された特権ではないか!
65.9.10
(再版以降のもの)※赤字は初版からの変更箇所をしまします
(前略)さいわい、日本からはこのグループにSF研究家の野田宏一郎氏が入会しているので、会の内容、機関紙などについて、ひきつづき紹介していただく予定である。バローズの他の作品、ターザンものや、とくにSF作品については、巻をあらためて書くことにする。
幼年時代に月をあおいで、その中に餅つきをする兎の影をさがしたように、マリナー4号が飛んだ5億2,000万キロのかなたの火星を眺めて、ジョン・カーターとデジャー・ソリスの足跡を夢想できるのは、バローズ・ファンだけに許された特権ではなかろうか!
では日本でもジョン・カーターのファンが、ひとりでも増えることを念じつつ、第1巻の解説を終わる。
65.9.10
(厚木訳版のもの)※赤字は小西訳版からの変更箇所をしまします
(前略)さいわい、日本からはこのグループにSF研究家の野田宏一郎氏が入会しているので、会の内容、機関紙などについて、ひきつづき紹介していただく予定である。
幼年時代に月をあおいで、その中に餅つきをする兎の影をさがしたように、マリナー4号が飛んだ7,700万キロのかなたの火星を眺めて、ジョン・カーターとデジャー・ソリスの足跡を夢想できるのは、バローズ・ファンだけに許された特権ではなかろうか!
では日本でもジョン・カーターのファンが、ひとりでも増えることを念じつつ、第1巻の解説を終わる。
右の文章は65年9月、本文庫版で「火星のプリンセス」が刊行された折りに付したわたしの解説である。14年前の文章だが、スペース・オペラを本邦に初紹介することになった当時の状況を記録する意味で、そのまま手を加えずに再録した。(バローズの「火星シリーズ」は、はたしてスペース・オペラか、それともヒロイック・ファンタジーかという論議が生じたのは、むろんこれよりだいぶあとのことである)。解説の末尾にマリナー4号のことを引用しているが、この14年間の日本のSF界の変化と発展は、まさに7,700万キロかなたの火星へ飛んだマリナー4号と、昨年巷間の話題になった、15億キロかなたの土星に飛んだパイオニア11号ほどの差があるといえるのかもしれない。
今回改版に際しては、シリーズ全体の統一という点から、わたしが改訳を受けもつことになり、 小西宏氏の既訳を自由に参照させていただいた。記して、感謝の意を表する。
(1980.2.29初版)
注:この文章は厚木淳氏の許諾を得て転載しているものです。
comment
カイさんのhpにも投稿したのだけれど、今回、『火星のプリンセス』解説の変遷について引用してみた。
赤字が変更点である。厚木淳氏は凝り性だったようで、解説、訳ともに変遷のあるものが少なからずある。
ただ正直言って小西訳版から厚木淳氏訳のものに置き換える必要があったのか、また解説にしてもなぜ初版と再版で内容的に進歩させずに改版したのか、まったく持ってわからない。
わかるのは、火星までの距離が一気に1/7になってしまった、ということ。
なぜ?