ERB評論集 Criticsisms for ERB


野田昌宏

「ターザン・火星・金星以外のバロウズの作品について」

ハヤカワ文庫SF時に忘れられた世界解説より

Dec,1970


 バロウズといえば〈ターザン〉、SFファンにとっては〈火星〉〈金星〉そして〈ペルシダー〉などの諸シリーズによって代表されるエドガー・ライス・バロウズだが、なにしろ、おそろしくエネルギッシュな作家活動をもって知られる彼氏である。その処女作 "Under the Moons of Mars" ――のちの "A Princess of Mars"『火星のプリンセス』 を世に送った1912年から1950年、死去の年までの38年間に発表した全作品の数を正確にとらえることはなかなか容易ではない。それに、同一の主人公が活躍する何編かを単行本にするときひとつにまとめたケースも結構多いから、事はなおさらややこしくなってくるわけだ。そこで、現在のところバロウズ関係の資料としてもっとも権威のあるものとされているH・H・ヘインズ編纂のクロノロジー(書誌年表)をもとにすると、E・R・バロウズの作品は全部で109編(単行本の冊数にするとこれよりも若干すくない)ということになっている。
 そのうち火星シリーズが全部で11冊、金星シリーズが5冊、ペルシダー・シリーズが7冊、御存知ターザン・シリーズが29冊(うち、1冊はペルシダーと重複しているから厳密には28冊)――計52冊、前記の事惰を考慮に入れてもかなりの数がのこるわけである。
 そこで、今日はそのうちの主なものをひろってならべてみようと思うのである。

 バロウズがバロウズらしからぬことに、現代小説も幾編か発表していることはあまり一般に知られていない。しかもほとんどが不評で、当時雑誌に発表されたっきりのものや、数十年たってからファンの手によって私家版がわずかばかり刊行されただけ――という実状もむべなるかなというところだろうか?

"The Girl from Farris"『ファリスの店から来た娘』 1916
 1916年の9月から10月にかけて4回にわたり〈オール・ストーリーズ・ウィークリー〉誌に掲載されたもの。1916年といえば火星シリーズが4作目まで、ターザン・シリーズが第5作目まで発表された時期で、当人としてはかなり油ののった頃である。少々、いや、かなりグレた美少女が恋人である青年の献身的な愛情によって立ち直る――という感動的な物語で、5年ほど前に〈バロウズ・ビブリオ・ファイル〉のヴァーネル・コリエルが1冊3ドル50セントで次の "The Efficiency Expert" と共にパンフレットみたいな形式で刊行するまではごく特殊なマニヤ以外の眼に触れる機会もなかったわけである。小生も読みはじめたのだがあまりクサいので途中で放り出してしまったままになっている。

"The Efficiency Expert"『能率の達人』 1921
 これは有能なスポーツ選手として将来を嘱目されていた青年が、そのスポーツできたえた根性に物をいわせてビジネス界でも成功をおさめるという、いってみれば大松監督物語みたいな話である。1921年の10月に4回にわたり〈オール・ストーリーズ・ウィークリー〉に掲載されている。

"The Mucker"〈マッカー・シリーズ〉1914
 マッカーというのは粗野な人間、まあゴロツキのたくいを指す俗語だが、題名どおりシカゴに巣喰うチンピラやくざが恋のために更生を誓うというお話。1914年の10月から11月にかけて前半、1916年の6月から7月にかけて後半がそれぞれ4回にわたって掲載されているが、これは比較的好評だったらしく1921年から今日までに5種の版で出版されているし、イギリス版も出ている。

"The Girl from Hollywood"『ハリウッドから来た少女』1922
 美人の映画スターが真の愛に目覚めるというお話で1913年の6月から11月にかて〈マンシーズ・マガジン〉の発表され翌年の夏に単行本になってはいるが、読書界からは完全に黙殺された作品として知られている。

 バロウズは当時火星シリーズ、ターザン・シリーズの爆発的な成功の蔭でささやかれた批判――つまり、現実に足のつかぬ荒唐無稽のホラ話だけを飽きもせずに書きまくるだけの男にすぎぬという声――にたいして、これらの作品で挑戦を試み、これが見事な惨敗におわったわけだが、また逆に惨敗におわったことによって自分本来の道を再確認することに成功したとも言えるだろう。“金にならぬものは、そして、読者が喜んで読んでくれないものは書かぬ”といういかにもかれらしい方針にしたがって、バロウズはこの1920年代初期の一時期以外、この種の社会性のある作品にはまったく筆を染めていない。

"The Land that Time Forgot"〈太古世界シリーズ〉1924
 これが本書『時に忘れられた世界』を含むシリーズである。この作品は1918年の8月、10月、12月と3回にわけて〈ブルー・ブック誌〉に発表されたもので、それぞれ "The Land that Time Forgot / Bowen J. Tyler's Manuscript"『時に忘れられた世界』 , "The People that Time Forgot / The Adventures of Thomas Billings"『時に忘れられた人々』 , "Out of Times Abyss / The Tale of Bradley"『時の深き淵より』 というタイトルをもっている。これはのちに〈アメージング・ストーリーズ〉誌の1927年2月から4月にかけて再録もされており、単行本ではこれまでに6種の版が出ているが、エース・ブックスが1963年にこの作品を収録した際に又もや前記の三つの部分にわけそれぞれ、F−213、F−220、F−233の番号でぺつぺつに刊行したわけである。
 そしてこの本がそのうちの第1作になることはもはや言うまでもない。

 バロウズの作品中に、いわゆる "Lost World" 的発想が盛られている例はこの他にもペルシダー・シリーズ、ターザン・シリーズなど、地球上を舞台にした作品の中にいくらも見られるが、あまり知られていないものに "The Cave Girl"『石器時代へ行った男』(1925年)がある。これは前半が1913年の7月から9月にかけて〈オール・ストーリーズ〉誌に発表されているから、バロウズとしてはごく初期の作品にあたる。そして、それから4年後の1917年になって、その続編である "The Cave Man" をやはり、おなじ〈オール・ストーリーズ〉誌に発表した。この2作は当時、たいした話題にはならずに終わり、10年以上経過した1925年になってはじめて前者のタイトルで単行本となった。以後5種の版が出ており、他に1949年にはデルのペーバーバック、そして1964年にはエース・ブックスの1冊として刊行され、後者はそこいらの古本星に時々ころがっているのを見かけることがある。
 それから1914年と1915年に〈オール・ストーリーズ・ウィークリー〉に発表された "The Eternal Lover"『石器時代から来た男』 という作品も、現代人の女性がタイム・スリップによって原始時代の穴居人の真ッ只中に放り出される話である。雑誌発表当時の構成では〈ターザン〉の第2作のつづき的な扱いをうけており、厳密にはターザン・シリーズのひとつとして扱われることが多い。後半は "Sweetheart Primeval" のタイトルで1915年の1月から2月にかけ〈オール・ストーリーズ〉に発表された。エース・ブックスでは、 "The Eternal Savage" と改題されている。

『月の地底王国』『月人の地球征服』はこの文庫で出たばかりだが、これも雑誌には1923年の5月から6月にかけて "The Moon Maid"、1935年の2月から3月にかけて "The Moon Men"、同年の9月に "The Red Hawk" と3回にわたって発表されており、今日、もっともポピュラーな版であるエース・ブックスではその第1作を第1作のタイトルで、また、第2、第3作をまとめて第2作のタイトルで出しているが、版によってこの組み合せがいろいろとちがっていて面食らうこともある。
 バロウズが、今や風雲急をつげるカンボジアを舞台にした "Lost World" ものを書いていることはあまり知られていない。1931年に〈ブルーブック・マガジン〉に発表した "The Land of Hidden Men"『密林の謎の王国』 で、アメリカの探険家がカンボジアのジャングルの奥深いところに古代文明世界が栄えているのを発見するというもの。"Jungle Girl" のタイトルでいくつもの版が出ているが、エース・ブックでは、雑誌発表時のタイトルそのまま、"The Land of Hidden Men" で刊行されている。
 H・G・ウユルズの『モロー博士の島』ばりの作品に、"The Monster Men"『モンスター・マン』 というのがある。これはジャバ島近くの列島でマッド・サイエンティストが合成人問をつくる話で、1913年の〈オール・ストーリーズ〉に "A Man Without a Soul" のタイトルで発表されている。火星シリーズに出てくる『火星の合成人間』は、1930年代未に書かれたものだが、こうしてみると、その発想はかなり古くから持っていたらしい。
 バロウズにはウェスタンものもある。"The Bandit of Hell's Bend"(1925)という作品で、アリゾナの牧場を舞台に二人のカウボーイが美しい牧場主の娘をはりあう話で1924年〈オール・ストーリーズ〉誌に連載された。
 また、アパッチインディアンを主人公としたものには "The War Chief"『ウォー・チーフ』(1927)とその続編 "Apache Devil"『アパッチ・デビル』(1933)などがある。

 中世のイギリスを舞台にした冒険ものに "The Outlaw of Tornがある。これは『火星のプリンセス』完成後に執筆したもので、事実上バロウズの第2作にあたるわけだが、諸々方々の出版社から計5回にわたって刊行をことわられ、1914年になってやっと〈ニューヨーク・ストーリー・マガジン〉に掲載されて陽の目を見た作品である。他にやはり1914年の〈オール・ストーリーズ〉誌に載った作品 "The Mad King"『ルータ王国の危機』 もアメリカ人がひとりヨーロッパの宮廷のいざこざにまきこまれてくりひろげる冒険ものである。
 以上でバロウズの諸作中比較的マイナーに属するものをひとわたり眼を通したわけだが、もちろん玉石混交とはいいながら、その作品の幅の広さには敬服せずにはいられないではないか?


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